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城端駅を発車するJR城端線の
列車。 山が旅情をかもし出す |
シリーズをJR城端線(高岡駅−城端駅間29.9キロ)から始めるのには訳がある。この路線こそ、記念すべき富山県内で初の鉄道だからだ。 明治30年(1897)5月、中越鉄道の高岡・黒田−福野間が開通。福光、城端へと路線を延ばし、順次開業していった。ちなみに、この中越鉄道は伏木、氷見まで延長され、現在の氷見線にもなっている。
中越鉄道の創始者が、砺波郡鷹巣村(現砺波市)の大矢四郎兵衛。安政4年生まれで、いわば江戸時代の人だけに、考えることが並みではない。 穀倉地帯である砺波と高岡・伏木を結んで地域を発展させようと、富山県内に国鉄が走っていない時期に、鉄道経営に乗り出すのである。
さらに、政治家として県議会議員、衆院議員を務め、実業家としては県内初の本格的な新聞・中越新聞の発行に関わったほか、その後身の日刊紙・富山日報の社長も務めた。晩年は北海道に移住して大矢農場を開くなど、最後までスケールの大きな人物だった。
さて、城端線沿線だが、「豊かさがもたらした文化度の高さ」を反映しているのが特徴だ。要は、これからのまちづくりの素材が多いと言っていい。ただ、その素材のよさが県内の人にさえあまり知られていない。「灯台下暗し」とは、どこにでも当てはまるものだ。新幹線開業で、東京から近くなるというメリットをどう生かすのか。観光客誘致のために、文化の里をもっとPRしていかなくてはならないだろう。
新幹線開業後、北陸本線は第三セクター化される。それに対して、城端線や氷見線など「枝線」がどういう扱いになるのか決まっていない。だが、北陸線が第三セクターで、そこから延びる枝線がJR経営のままという形があり得るのだろうか。
仮に枝線も第三セクター化されるとするなら、LRT(ライトレールトランジット)化されるべきと考える人は多いだろう。もちろん、城端線は電化されていない。これまでなら電車を走らせることは不可能だったが、燃料電池車の開発が急速に進んでいるし、電停で停車するごとに急速充電できる電車も開発が進んでいるという。いずれにしろ、技術革新は日進月歩であり、LRTが走行できるかどうかは、架線があるかどうかではなくなってきている。
続いて、まちづくりを考えてみたい。終点の城端は、福光から善徳寺を移築しての門前町として、また五箇山の入り口に当たるため、市場町としても栄えた。その歴史を受けて、「越中の小京都」というのがキャッチフレーズとなっている。
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| 整備が進んできれいになった城端町中心部 |
風情があって小さな町。これこそ新時代が求める観光ポイントだ。修景事業が進んでいて、中心部の国道304号線沿いは、伝統を取り入れたしゃれた商店街となっている。曳山祭りで繰り出される曳山・屋台を展示した曳山会館、それに付属した豪商の土蔵群を利用した歴史館の蔵回廊など、見どころは豊富だ。さらに近年、伝統芸能会館「じょうはな座」もオープンし、観光に勢いづいている。どれも人口1万人足らずの町としてはとても立派なものでセンスもあり、町外から来る人を驚かせるのに十分だ。
しかし、本当にすごいのは、言うまでもなく町中心部にある善徳寺であろう。このお寺、浄土真宗大谷派の古刹である。現在敷地内に29棟の建物を擁し、訪れた人を圧倒する。ここの宝物館には親鸞聖人直筆の「唯信抄」など1万点の宝物があるのはあまり知られていない。
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名刹・城端町の善徳寺。 現在、 29の建物を擁している |
こうした古い物語性を秘めた素材こそ、永続的に人を呼ぶものである。こうした伝統の重みすべてを総合させた「日本のふるさと」を標榜していくべきではないだろうか。
全国的に地方の魅力が無くなったのは、それまで培ってきた重厚な伝統を捨てて、町中を安易な方法で飾り立てるようになったからである。見た目はいいが、中身はない。それに気がつかずにいつまでたっても都会の真似事をしてきたからである。これからは地域がはぐくんだ伝統をもとに、独自の文化を展開してこそ、人から評価される。
旧福光と旧福野は城端と違って駅前に繁華街があるのが、まちづくりに有利なポイントだろう。とかく散居が強調されるが、駅前への集中度合いもよく、鉄道を中心とした発展策が有効に機能すると言ってもいい。福野駅の西側には、かつて石動−庄川町青島間を走っていた加越線(19.5キロ、1972年廃線)の名残がある。それは城端線をクロスしている跨線橋だ。今は自転車専用道となっているが、貴重な鉄道遺産と言えるだろう。
加越線の存続問題が今起きていたなら、公共インフラとして存続の道を模索したのかもしれない。当時の時代がそうさせたとはいえ、道路整備と引き換えに貴重な路線を失ったことを、胸に刻んでおくべきではないか。
その意味で、かつての加越線地域にフィーダーバスなどによる交通ネットワークを張ることは重要だろう。旧井波町の瑞泉寺は、善徳寺と同じ浄土真宗大谷派の名刹である。その彫刻の素晴らしさは、かつて全国の新聞社の論説委員を案内したとき、「どうしてここに、こんな素晴らしいものがあるのか」と感動されたほどのものである。旧庄川町も木工が盛んで、温かみのある木の素材を生かした工芸品が、これからのトレンドなのは言うまでもない。
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彫刻が素晴らしい井波の瑞泉寺。
山門も立派である |
城端線がLRT化された場合、砺波、福野、福光の3駅から井波、庄川へ向けて連絡するバスが整備されれば、さらに城端線の利用客増につながるだろう。
砺波は、この地方の中心都市である。四方八方からの道路の結節点であり、鉄道はあまり重要視されていない面がある。多くの観光客を集めるチューリップフェアは市の中心部で開かれるが、鉄道利用者は少ない。例年、高速道路の砺波インターを下りる車で本線まで長蛇の列となり、駐車場を求めてさまよう車で市中も混雑する。
鉄道さえ使いやすければ、市民も市外からの観光客も利用する。それがフェアなどの特別な期間だけでなく、ふだんの生活にも真の豊かさをもたらす。それが人口減・高齢化時代における「文化と伝統を重んじた地域」の発展策だ。
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町中にありながら、風情ある環境に恵まれた
国宝・瑞龍寺 |
城端線は北陸新幹線新高岡駅に乗り入れるために、新たな駅が造られることになっている。それに併せてLRT化し、国宝の瑞龍寺近くに新駅を造るべきとの構想もある。それが実現したとき、城端の善徳寺、井波の瑞泉寺、そして高岡の瑞龍寺を結ぶ一つのルートが出来る。これを3核に発展策を考えることが重要だ。中越鉄道を敷設した大矢四郎兵衛のような、大胆な発想と実行力が必要ではないだろうか。
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