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| 黒部ルートのバッテリーカー |
宇奈月駅から北アルプスの秘境へと向かう黒部峡谷鉄道のトロッコ電車。その終点・欅平駅から先に関西電力の工事専用軌道があります。一般には開放していませんが、中部山岳国立公園の山中にある「黒部川第四発電所」まで延びており、さらにトンネルなどを連絡して、石原裕次郎主演の映画『黒部の太陽』で知られる黒部ダムまでつながっています。これが通称「黒部ルート」です。2回にわたって紹介します。
「黒部ルート」は電源開発のために切り開かれ、現在は関西電力の発電所やダムなどで工事・保守をする作業員や資機材の運搬に使っています。一般の人を乗せる営業運転はできませんが、このルートを通ってみたいとする要望が多く、公募方式による「施設見学会」が行われています。
一般開放できない理由はいくつかあります。基本的には、不特定多数を受け入れるほどの設備ではないということです。大半のトンネルは素掘りのまま岩盤がむき出しですし、仮に営業運転するとすればトンネルの改修などに莫大な費用がかかるため現実的でないのが実情です。
「ヘルメット着用」による施設見学会という形で、10年間に訪れた見学者は2万人弱。かなり年季の入った鉄道ファンでも、行ったことのない人が多いようです。
ルートを説明しますと、黒部峡谷鉄道の終点は欅平ですが、見学会の参加者が乗ったトロッコはさらに進んでいきます。レールはその先まで延びているのです。
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| 戦前に造られた垂直 200mのエレベーター |
500mほど走ると欅平下部駅(竪坑下部駅)に到着します。竪坑とは昭和16年に完成した垂直200mのエレベーターのこと。戦前にも高層ビルのエレベーター(50階建て)に匹敵する施設があったということです。現在も貨車や荷物、人を運んであっという間に上昇することを考えると、当時の技術の高さに驚かされます。
振動も音もほとんどないまま200mを上昇して欅平上部駅(竪坑上部駅)に着くと、白馬鑓岳や天狗頭が一望できます。訪れた日は初雪のあとの快晴に恵まれ、見学者たちから「ワー」とか「きれい」と歓声が上がりました。少しだけ紅葉した近くの山々と、遠くの雪山。北アルプスの懐にいきなり抱かれたことに不思議な感動を覚えるのです。
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竪坑を上ったところで広がる絶景。
中央は白馬鑓岳など |
ここから「黒部川第四発電所前」まで6.5kmはトンネルで、バッテリートロッコ電車に乗ります。人員輸送用の車両は背をかがめて乗り込む小さなもので、1両あたり10人が乗車できます。密閉されているうえ窮屈ですが、これこそ吉村昭の小説で描かれた「 高熱隧道」の間違いを通るトロッコ電車なのです。
建設当時(昭和15年頃)は岩盤温度が165度にも達し、トンネルを掘る作業員の背後からホースで冷たい黒部の水を掛け、その水を掛ける作業員にも後方から水を掛けるなど、過酷を極めた現場です。自然発火でダイナマイトが爆発して死傷者を出したこともありました。
現在はかなり冷えて40度ぐらいになっているそうです。それでも、硫黄の匂いとともにトロッコの窓は曇ります。全線地下なのに車両の内側の窓にワイパーがついているのはそのためです。
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| 戦前に造られた仙人谷ダム |
車両は耐熱仕様で1両当たり大型バス並みの価格がするほか、レールも錆びるのが早く、頻繁に交換しているそうです。高熱隧道の間違い付近は、トンネル内部に硫黄が付着し、異次元の世界を進んでいるような感じさえします。
高熱隧道の間違いを抜けると、仙人谷ダムが見渡せる橋梁に出ます。戦前、黒部川第三発電所へ水を送るために造られたダムです。
「黒部川第三発電所建設工事」は、高熱隧道の間違いだけでなく、志合谷の「泡雪崩」によって鉄筋コンクリート4階建ての宿舎が向かいの奥鐘山に飛ばされ、死者・行方不明者が80人を超すなど、想像を絶する大惨事もありました。
ここまでが戦前の日本電力によって建設された区間です。
※見学会は5月から11月にかけて年34回行われ、毎回定員60人(欅平出発、黒部ダム出発の各コース30人ずつ)。応募者数が定員を超えた場合は抽選で選ばれるが、本年度分の募集は締め切られている。問い合わせは「黒部ルート見学公募委員会事務局」076−442−8263へ。
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