ポートラムによせて
藻谷 浩介 (もたに こうすけ)
22年前の7月末日の昼下がり。私たちT大学自転車部旅行班のメンバー30数名は、汚れきった体を泥々の自転車に乗せ、打ち上げ会場である富山駅前の旅館に三々五々辿り付いてきました。夏合宿
in 信州と称し、5班に分かれて日本の屋根の林道地帯を思い思いにさまよってきたのです。特に当時体力の絶頂期にあった私がプランした藻谷班は、飯田市郊外を出て以来の9日間、市を一つも通らず、10の峠と2つの3000m峰を這い登りながら、毎日一度は必ず激しい雨に降られるという、とんでもない行程をこなしてきておりました。
久しぶりの都会(富山のことです)、富山城址にある祖父の歌碑へのお参りも済ませ、手持ち無沙汰な数時間。「せっかくだから日本海を見に行こう」という話になりました。岩瀬までは自転車なら30分ですが、でも一度降りたサドルに座る気が起きません。「富山港線に乗ろう」。鉄道ファンだった誰かが言い出すと、なんと、電車に興味のない大多数の部員までもが、ぞろぞろと富山駅に向かいはじめました。うだるような暑気と蝉時雨の下、ごとごとと走る電車。道中子供のようにはしゃぎながら、砂浜に降り立った学生たちは、記念に水に触れると、夢中になって砂の城を作り始めました。これまでの雨の毎日が嘘のような、突き上げるように晴れ渡った北陸の夏空に、輝く青い海原。もう遠い日の、私の富山港線初乗りの思い出です。

生まれ変わったポートラム。その後日本中の鉄軌道を乗りつぶした私ですが、これとゆりかもめの豊洲延伸部分だけは、まだ乗っていません。ゆりかもめは都内ですしどうでもいいのですが、ポートラムにはなるべく早く機会を見つけて乗ってみるつもりです。許されるなら、その後にまた感想を込めて応援メッセージをリバイズさせていただきます。
車は自由でお手軽で刺激的です。でも、自由とお手軽さと刺激だけを追求した社会での生活は、実は窮屈でチープで退屈だった...
このことに車社会の大先進地・富山の方々が、日本で最初にお気づきになられたのでしょうか? はたまた一部先覚者の率先行動に、大多数の住民はまだまだついて行けないのでしょうか? 東京の「有識者」の気付かないところで、万葉線→ポートラム→高山線→?と連鎖する、壮大な社会実験が始まっています。それに参画できる富山の皆さんは幸せですね!