北陸新幹線が変える「文化ハブシティ」一考
高齢化が進行する状況にあって、環境にやさしい大量・高速・確実な輸送手段としての新幹線をまちづくりに生かすにはどのようなビジョンが必要であろうか。富山県100年の大計である国家プロジェクト・北陸新幹線がいよいよ現実のものとなった今、まさに志を立て積極的な行動を起こすリーダーが明確なグランドデザインを描き、市民参加のもと、自立と連携の地域が前進する時代を迎えている。
1.国家・国際・地域的視点
はじめに 既に指摘されているが、北陸新幹線を三つの視点から論じ始めてみたい。
一つは国家的視点である。明治時代の第二東海道線構想および昭和34〜5年頃の北回り新幹線構想は、北陸に光を当てるとともに大都市圏とのアクセシビリティ(利便性)による行動圏の拡大を目指したものである。同時に、国土軸大規模災害の危険分散の観点からも東海道新幹線の代替補完機能として当初から必要性が指摘されていた。しかも、他の新幹線は先へ進むほど人口は減少するが、北陸の産業集積は高く、関東関西の二大人口集積地をつなぐ事から採算性が最も高い。
二つ目は国際的視点の環日本海交流である。かつて夢物語であった東アジア諸国との積極的な経済交流は、躍進著しい中韓両国と石油生産量世界第二位のロシアなどの台頭により現実のものとなった。こうした状況下、東アジアの玄関口となりうる富山は、東京・大阪・名古屋の中間点にあり、空港、道路そして新幹線の3点セットによって人・物の密度の高い交流が拡大予想され、世界に開かれた街として富山のポテンシャルは一気に顕在化している。
三つ目は地域的視点のまちづくり、人づくりである。人、もの、情報が交流する新幹線は県民の知恵と汗により夢や活力を与え、かつ多種多様多面的個性的刺激的なまちづくりや地方分権を支えることができる人づくりにつながる。即ち大都市圏に流れるストロー現象に対し、地域の強みをフルに発揮し、逆に大都市圏から移動させる魅力を持つことを基本戦略としなければならない。
以上の三視点から、ハブ新幹線駅と環日本海交流ゲートウエイを目指さなければならない。
ハブ新幹線駅とは、地元需要がない所に地元発生乗降客を集めてこようとするものである。即ち広域から人を集める地域都市駅である。ゲートウエイとは「いつでも、どこでも、どこからでも」を満たすことであり、ハブ新幹線駅、空港、港、高速道路を結ぶことで名実ともにゲートウエイ機能を果たす。県が作成した「逆さ地図」で環日本海視点から見ると、北陸・富山は日本の真ん中であり、三大都市圏を結ぶ扇の要である。かつては「夢」であったものも時が来れば現実となってきている。実り豊かな環日本海交流ゲートウェイとして熟成を始めることを期待したい。
2.3駅連携
21世紀は北陸新幹線の停車駅となる新黒部・富山・新高岡の3駅を核に展開され、3駅がハブ新幹線駅として新幹線の便益を具体的提示かつ県全域に広げることは県及び3市の役割である。
既に都道府県の大半は新幹線駅を持っており、新幹線で地域活性化が成し遂げられる時代ではない。単に同じ競争のスタート台に立てるということである。同時に三市に魅力、求心力が無ければ広範囲な集客が出来ないことはもとより、通過駅となり新幹線の恩恵は得られない。
開通は「目標達成」ではなく「起点」。−これから始まる本当の地域間競争に向けて覚悟と備えを!「通過県」ではなく「目的行先県」となろう。−3駅連携で他地域に負けない集客・交流産業振興を!
「東京的に」ではなく「富山的に」なろう。−降りて一目で富山に来たとわかる駅周辺整備を!
以上の3点を中心に、3駅は自立と個性を探しながら地域の玄関口にふさわしい駅舎(位置・機能・デザイン素材等の景観・予算規模)と駅周辺整備、既存市街地と周辺地域が連携した社会基盤を計画的に整備する必要がある。
既設新幹線の開発事例を見ても、地域全体が一体となり、事前に駅周辺整備をした都市とそうでない都市では、はっきりと格差が出ており、新幹線の効果も大きく違っている。県内3駅と周辺整備は新幹線計画に先駆けて、早期に着手し、かつ、計画的に整備していかなければならない。
新幹線の経済効果をうまく活用しなければ、富山は発展するどころか、衰退の危機を招きかねない。あくまでも地域の人々が、新幹線の経済効果を「どう活用するか」にかかっている。観光客の多様なニーズをみても、一つの地域では対応が困難な時代を迎えている。そこで求められるのが地域連携、広域連携、国際連携である。
路面電車を目玉に
県内3駅連携の一例として、観光資源としての路面電車を挙げたい。路面を走っている姿自体が観光の目玉となる。富山駅はポートラムを旧富山港線以外に高山本線、地鉄上滝線へ乗り入れることを望みたい。新高岡駅は万葉線を城端線、氷見線に乗り入れることが望ましい。新黒部駅に隣接する地鉄線では観光客をアッと言わせる未来型デザイン車両の導入を図ってほしい。三市に走る各々の電車が街並み景観の中で走る姿は文化的絵となる。それらに繋ぐ立山黒部アルペンルートの関電「扇沢・黒部ダム間」トロリーバス、「宇奈月温泉・欅平間」、「欅平・黒部ダム間」トロッコ等も有力な交通文化資源である。
異なる体験を提供できる複数の地域が一つにまとまることで観光客には行動の選択肢が広がり、観光の目的地としての魅力が高まる。
以上、富山県の観光資源の保全と魅力の再発見、産業文化観光の発掘と魅力の創生、県内他産業分野との協同、ブランドイメージの形成と発信、他地域観光地との広域観光連携、国際化への対応などについて、未来を見据えた3駅連携活用策が重要である。
なお、平成13年3月の富山経済同友会交通ネットワーク委員会「21世紀、北陸新幹線と地域交通ネットワークの展望―新日本海時代の魅力ある拠点を目指して―」提言の中に、中川大京都大大学院助教授は当時、従来になかった発想の環境にやさしい新幹線、好採算性の視点論点を展開し、その理論は県、北経連の指針となった(著書:整備新幹線評価論2000.10.20参照)。又故蝋山昌一高岡短大学長の平成12年12月1日の講演「地域交通と街づくり」は新しい価値創造を図る公共インフラとしての路面電車存続に大きな影響を与えたと、共に記憶に留めたい。
富山駅
富山駅は、来訪者が最初に富山と出会う場所である。金沢と同じ42万都市の富山市は、海から山まで抱え標高差は3000Mに達する。県の人口・面積の1/3を占め、面積では県庁所在地として全国2番目を誇る。これらの要素から、飛越と県都の玄関口にふさわしい風格を持つ富山駅南北一体的なまちづくりが構想されている。「森は海の恋人」という表現は印象的であり、そのイメージを与える水とみどり豊かな環境と文化発信力がより求められる。
路面電車ポートラムと新幹線のまちづくりは刺激的である。新幹線駅はどこにでもある鉄とガラスではなく富山のガラス工芸の素材を生かし、八尾のおわら風の盆・医薬・立山等をイメージしたものが浮かぶ。駅北にある富岩運河は将来小樽クラスの観光地となる可能性もある。街中の薬売りと共にポートラムで行く岩瀬地区の北前船、森家、馬場家、松月、酒蔵と続く街並み整備と、港から客船でつなぐ北海道への航路はロマンを感じさせる。
新高岡駅
現駅から1.5k離れている新高岡駅は城端線と結節させ、現駅と新駅を結ぶアクセス線として活用する。また、万葉線をJR氷見線や城端線と直通化させることも念頭に置き、氷見市や射水市、砺波地域とを結ぶ観光資源としても活用していく。県西部地域の中核的都市としてだけでなく、飛騨、能登地域も含めた飛越能の玄関口にふさわしいまちづくりが求められる新駅は、木と銅・アルミの素材を生かしたあずまだち風、合掌造り風、万葉風、御車山風、瑞龍寺・勝興寺・国泰寺・井波の瑞泉寺風等のイメージが浮かぶ。
42万都市富山・金沢にはさまれたNO.2都市・高岡は逆に富山・高岡・金沢の三市連携による中間都市の強味を発揮すべきであろう。飛越能の文化中核都市として国際、広域的視点の可能性を持ち東海北陸道・能越道も生かし、大都市から客を吸い込む逆ストロー現象を構築する意気込みと、文化香る雰囲気を発信する戦略を期待したい。
新黒部駅
現駅から4k離れている新黒部駅は、現在の黒部市中心部から約3km東に立地し、県東部新川地区の拠点として開発する新しい駅である。富山地鉄本線との結節を図り利便性を確保するのは当然であろう。また、北陸自動車道の黒部ICまで約5分という大きな特長を活かし、広域的な交流機能や生産機能なども視野に入れた周辺整備を行う。豊かな自然、黒部・宇奈月という観光資源を活かす新黒部駅は木とアルミの素材、黒部峡谷の山・川・水・温泉のイメージが浮かぶ。
新川地区唯一の駅ではあるが、集積度で上越までの市場視野も可能と思われる。黒部市民病院等のデータによると新幹線では糸魚川・上越からの誘客増が見込まれる。医療、災害の面で県境の枠を外して新川地区の病院機能の専門化と連携がより求められる。開通後、買物客は富山、金沢へ流れる可能性があるが、目的地までの1時間、30分の引っ張りあいで決まる。何もしないのでなく、開通までの対応をやるかやらないかで大きな差がでる。
観光面では@黒部・立山へ抜けるルートや高熱隧道の対応ができるかどうか。観光客は同じルートを行って帰るのでは抵抗がある。A宇奈月は県外客の医薬治療のため、新幹線で黒部市民病院へ行き、その後、宇奈月で温泉療法を施すという老人向け保養地構想はどうか。今、宇奈月は+αがないので知名度アップが課題。B遠洋漁業、昆布、酒、生地紀行や富山湾対岸の氷見と黒部を結ぶフェリー構想もおもしろい。C産業観光として国際ブランドYKKがある。
駅はまちの恋人
「新幹線がくれば地域は栄える」は根拠なき夢物語であり、既に県内では地域の購買力を大都市に吸い取られるストロー現象が認識されつつある。何故かイメージがないといわれる富山、石川(加賀・金沢は知られている)だが、新幹線はてこ入れするチャンスである。行ってみたいイメージがいつまでも残るのが駅であり、一目でわかる富山をアピールする駅づくりは重要である。10年後に備えてプラス、マイナス、対応など取り上げると
駅のあり方について、交通施設の機能面や工学的な駅づくり論は別として、都市のイメージを構成する施設要素として二つあげたい。
一つは駅とわかる地域のシンボル・ランドマークの特徴を持っていることが望ましい。二つ目は利用客の利便性・快適性の機能、生活・都市機能、文化・情報機能の3機能を持つ結節点であるということである。結節点は別の乗り物に乗り換えるという交通機能的な側面だけでなく家庭から通勤、通学の切り替え、旅をする日常と非日常との境界、また、待合わせ、見知らぬ人等との接点が生まれる舞台性空間でもある。
いかに予算内で効率的な駅施設をつくるかだけでなく、いかに利用者にとって望ましい空間をつくりあげるかの視点が必要である。即ちこれからの重要な課題は通過駅にせず、いかにして多くの人を呼び込むことができるかである。駅が都市イメージでの玄関であり集客に関する地域間競争の最前線であると考えるならば、人々が交通のために通過するだけの場所から積極的に立ち寄りたくなるような場所、空間にすることが望まれる。
駅を感動の空間とすることで、一見して駅とわかる印象深い建築であること。また、イメージ形成を考える場合にメディア・イメージも大事である。駅は都市の中でランドマークであり、結節点という劇場的な空間であるため映画や小説、歌、絵画などの舞台になりやすい。駅はその立地により都心型、観光地型というように多種多様なものがある。また、駅自体が有力な観光施設でもある。新たな時代にふさわしい集客施設として駅のあり方を見出すことは都市のイメージと魅力の向上につながるものである。
駅は都市間競争が行われる舞台の一つである。新幹線駅をつくることで地価効果が上り、高齢社会では公共交通が重視される。駅の果たす役割は益々大きくなるが、そのモデルを欧米に見ることができる。高齢化と共に人口減少するという前提でまちづくりを考え、いかに賑わいの元である交流人口を獲得していくのかが問われる。賑わいは土、日の週末市だけからは生まれず、平日の利用客による常設市のにぎわいが条件である。人が集まる所には更に人が集まることは経験していることである。
様々な機能が駅前に集積し駅前に賑わいを与えることに反対する人は少ないと思うが、駅舎を中心にしながら駅前空間全体のデザインを検討することは重要である。そのことで地域への観光客が増え街中へ回遊することで賑わいが生まれる都市観光が認識されてきている。都市観光は土産、食物、イベントも含め地域のイメージを伝える重要なメディアとなっている。
また、都市を舞台と考えれば乗降客・来街者が昼の街やアフター5の夜という24時間をどう過ごすか、各々の好みに対応できることが都市規模の大小にかかわらず都市成熟文化度の一つかもしれない。
さて、旅人・異邦人にとって駅の舞台性、感動の場としての駅の利用は想い出の多いものとなる。長距離旅行で利用する大きな新幹線駅の空間は「非日常的体験への入口」であって、異なった世界をみせる空間演出がなされていることが望ましい。
例えば、@列車を眺めながら食べる楽しみ、飲む楽しみ。Aコンシェルジュ(よろず相談機能)Bくらしと癒し、心はずむ交流空間の美しい駅 C駅前・駅内広場で待合わせ、一服する溜まり場 D利用したくなる待合室 E地域性豊かなホーム売店とベンチ F駅と沿線に緑と花を G駅にミニシアター Hお土産を喜んで買って帰る工夫演出。 Iインフォメーション、外国語表示・サイン、腰掛ける場所等が多い安心感。 Jそしてまちのイメージを打ち出した駅空間が市民によるミニギャラリー、プチミユージアム、まちのオアシスとして花と緑で埋め尽くす等、市民活動の場となる事で交流と文化情報発信拠点の役目も果たす。
以上、新幹線駅づくりが都市文化の機能を誘発しさらなる広域生活文化圏を形成し文字通り交流・定住、文化発信都市への変貌を遂げてほしいものである。
3.100年の大計・"先人に学ぶ"産業文化観光
全ては永遠の存在ではないが、日本は過去、現在、そしておそらく100年後も資源の少ない国に変わりはないと思われ、産業・観光・文化づくり等の新幹線対応施策も100年先を見据えて知価創造による時代対応が要請される。
高岡市出身でタカ・ジアスターゼの抽出、アドレナリンの分離など「ノーベル賞級」化学者だった高峰譲吉博士は、日米親善はじめ多分野にわたり貢献をした。県内では1918年に電源開発とアルミ事業を提唱したことで有名だが、アルミは当時、まだ出現したばかりの新素材であった。水力発電はまもなく実現し、黒部川、神通川に次々と発電所が作られた。
1960年代に入ると三協、YKKなど大きなアルミ加工工場が県内に作られた。このようなアルミ産業の登場は高峰の直接的影響によるものではない。しかし、彼の100年近い昔の予言が今現実化していることは否めない。このことは100年先を考え立山黒部アルペンルートを開発した佐伯宗義氏はじめ多くの富山県人先覚者にもつながる。
さて、私個人が知らなかった事で高峰博士の県内にあまり知られてない大きな業績を三つ紹介したい。
一つは自動車産業である。高峰譲吉は1911年、トヨタ企業グループ始祖の豊田佐吉に「自らの発明を実用化することは発明者自身の責務」として、当時ニューヨークで失意のうちにあった佐吉を励まし諭している。佐吉は後年世界水準の自動織機を実用化し、自動織機から自動車へと佐吉の構想は発展、佐吉の仕事は子息喜一郎に受け継がれて今日のトヨタとなっている。高峰は佐吉を通じて自動車産業に影響を与えたことになる。今も豊田佐吉像と仲良く高峰像が日本10大発明家として特許庁玄関に飾られている。
二つ目はプラスチックスである。プラスチック工業世界最初の合成樹脂ベークライトを日本に紹介しプラスチック工業誕生に功績を残した。県内ではタカギセイコーが草分けでプラスチックスは今や県内有数の産業となっている。後年同社が佐吉の豊田自動織機のプラスチックボビンの仕事で基礎を成し、今も取引が継続されていることは古の縁を感じる。また、同社はホンダを通じて自動車産業に貢献していることはご承知の通りである。
三つ目は化学者としてバイオの先覚者であり、また技術者として科学振興と起業家精神を提唱した。
1900年高峰の発見したアドレナリン(発見、結晶化)は「1905ホルモン」概念の提唱につながり、後輩のノーベル生理医学賞受賞者2人につながる。日本でも1913年高峰が科学振興を提唱した理化学研究所は1917年設立、後にノーベル受賞者湯川、朝永両氏を生む。また、高峰は「世界は今や独創の競争に入り勇気奮い立つ青少年が出て欲しい、与え育つ環境提供の必要性を問い
学者は起業家たれ!」の訴えは今日の大学発ベンチャーにも通ずる。大手企業と取引をし、環境対策としても先端を走っているプラスチック産業をはじめ高峰の残したノーベル賞級の足跡は、いずれも有力な産業文化観光の芽と感ずるものである。
4.文化観光
一度富山に訪れた観光客、転勤族、旅の人は異口同音に自然、歴史、文化の資源を褒め称え、かついかに活用するか提言し、また、関係者も努力をしているが依然として富山県の知名度は低く全国40位ぐらい(日経リサーチ調べ)と聞いている。3駅が点から線にして各々面にすべく互いの魅力を交換し合い磨き連携、かつ、国際広域的に情報発信することが新幹線3駅活性化の基本戦略である。願わくは本県の知名度を10年スパンでベスト10入りの数値目標を設定してほしいものである。
前述の如く市民、企業、行政が長期的視点に立ち共通の認識のもとに一体となって北陸新幹線によるまちづくりに取り組まねばならない。まちは住民と訪問者が共演する舞台、非日常的と日常的が交差し、そのまちしかない何かを求めて人は集い出会いとふれあいが生まれる。いわゆるステージ性、ストーリー性の中にまちの刺激、ときめきが醸し出される。互いに見せる、見られるという軽い緊張関係は舞台を思わせる。
見せる、見られるまちの顔としてまずは駅、中心市街地の2つがあげられ、店舗、商品等の魅力も拠点性を高める。富山は胸を張って県外客、外国人を案内できる全国・国際レベルの観光資源はどれほどあるのか、また、県外客、外国人を本心から歓迎する気持ちがあるのかどうか。
そのためにはすぐできる県外客の身になったきめ細かい案内表示や、身近な県人出身ルーツ、隣国である韓国人・中国人・ロシア人等の歴史文化的交流ルーツの観光ルート開発が考えられる。
将来、映画、文学、音楽等の芸術文化の環日本海交流の舞台を担う本県にとってホスピタリティーは重要な事である。
特に外国人に良く思われることは全国の人々にも同様である。主役は市民である。元気な市民が県外客を迎え、元気になってもらうホスピタリティー。全国に広がりつつある「14歳の挑戦・ディサービス」の2つの富山モデルがあるように、例えば八尾に一部見られる子供も大人も「こんにちは!」と挨拶する事や北陸線の通勤通学に今ではすっかり見られなくなった公共マナーを守るなどのホスピタリティー。
美しい景観、情緒あるまち並み、住民の生活の様子や親切な住民の態度に人々は感動する。新幹線で富山は近くなったけどやっぱり行ってみたいと思わせるちょうど良い2時間の距離である。違う世界の生活感、異次元イメージなどでリピータを呼べる文化の香りの創出である。
異邦人は、珍しく映る文化的なものを求めている。訪れる人々に心の豊かさを与え、住民一人ひとりの生き方を通して文化の基盤をつくる住民のホスピタリティーこそお客を呼ぶ文化観光が期待されている。
旅は感動の文化体験
私の初めての海外旅行は日韓国交回復間もない1967年、近くて遠い国、まだ貧乏な韓国だった。しかし、キラリと光る歴史文化の重みを感じ、以来親しみと関心を持った。当時の日韓交流は一年1万人であったものが、今日では一日1万5千人近くとなっている。
翌67年にはニクソンが大統領に当選したアメリカに行った。当時一ドル360円レートで、確か旅費は40〜50万円。大卒の初任給が3万円位だったと思う。今のように豊かでない時代に育った多感な十代の若者にとって初めて見るアメリカは驚きの連続であった。車は一家に二、三台、清潔なキッチン、地下室にある乾燥機により洗濯物が干してない芝生に囲まれた住宅、カラフルで活気ある市街地とショッピングセンター、景観を生かした街並み等、アメリカの文化文明はすべて新鮮であった。
鉄道を敷き、高速道路と航空路が張り巡らされたアメリカ大陸を貧乏なバス旅行で一週間かかって横断した。バスターミナルと鉄道駅は隣接し、異邦人にとって駅は利便性、わかりやすさとともに舞台性、感動の場として「ハブ観光拠点」の役割を果たしていた。大自然の雄大さとその土地土地での生活文化の香りに触れた体験は何事にも代え難い。
次に親日的な台湾。今日、台湾から日本へは年130万人近くも訪れている。そして東南アジア、ヨーロッパへと旅をした。特に韓国のソウル−釜山間、台湾の台北―台中間の鉄道での旅は日本統治時代の文化の名残りもあり懐かしい感触が今も残っている。今、韓国はヨーロッパのTGV型新幹線KTXが走っており、台湾は日本型新幹線が06年末に走る。
ここ4〜5年は富山経済同友会交通ネットワークや海外研修委員長として欧州の山岳観光、新幹線、公共交通によるまちづくりを見る機会があった。欧州は多くの戦災に遭いながらも文化の力で復興し文化を発信し続けている。しかも新幹線や公共交通を観光面にも有効に活用、新旧の街が共生している。観光は都市の文化を表すものさしであり、文化は国を守り、国の魅力を語る。欧州に限らず、求心力としての文化の力をあらためて実感している。
文化は贅沢な趣味ではない。経済による知的産業創出も情緒、文化のボルテージが高い所から生まれるといわれる。イタリアのバッグ、パリの香水だから売れる。21世紀の文化観光はこれまでの自然歴史文化型に加え、都市消費文化型の魅力ある高サービスが提供されることで経済効果(従来の交通業・宿泊業・飲食業・土産品業・アミューズメント業に加え立地や顧客内容によっては韓流ブームと知られている映画ロケや知的財産のコンテンツソフトをはじめ芸術芸能文化・出版業・ファッション業・物販業等も含む)は大きく違うことが指摘されている。来るべき来訪外国人の量的増加と魅力ある消費の創出という両面作戦が必要である。
その例を著名な中小都市群を有しているイタリアから見ることができる。既存の歴史遺産を活用し、固定経費を下げ、集客が流通、製造部門にも大きな波及効果を上げていることは知られている。この産業構造は一日にしてなったのではないことはイタリアの中小企業ものづくりから学ぶことができる。新幹線で「すべての道は富山に通ずる」インフラ整備がされる近未来、文化観光でリピーターを呼べる「富山方式」の創出が求められる。
文化コンテンツ立県
さて、今、日本は遅蒔きながら観光立国と共に知的財産立国を提示始めた。映画、音楽、ソフト等の文化コンテンツ産業振興である。中でもアニメソフトは質の高さで大きなビジネスに育ち、21世紀の産業として見られている。
本県においても既述の観光産業と共に知財立県を標榜始めた。共に文化を売り込み、地域の強力な文化創造の一つである。韓流映画の成功例にもあるように文化力は現在40位ぐらいといわれている富山の低い知名度を上げ、ソフト資産の価値を高め、観光産業のみならず地域経済全体の発展にも貢献する。
近年、映画ロケ地として少しずつ実績をあげているが本県は「ドラえもん」の故郷であり、全国区の滝田洋二郎、本木克英両映画監督もおり県あげて将来東アジアの映画交流やロケ誘致、文化発信を期待したい。同時にプロモートするプロデューサー育成支援の必要性を強く感じるのである。何事も全ては人によって決まる。とかく行動しないで計画、研究、言いっぱなしで終わりがちであるが、外資導入、外貨を稼ぐといった税収を図る誘致、仲介、仕掛けが出来るプロデューサー、人材育成が必要である。
幸い、富山国際大の観光学系や新富山大の芸術文化学部(旧高岡短大)、県立大の経営感覚のある技術者育成等の大学による人材育成の芽があることは喜ばしく、更にNGO、NPOを含んだ新しい芽も期待したい。今後は環日本海文化交流拠点県を目指す本県においてASEAN+日中韓観光民間協議会の国際フォーラムや同レベルのアジアの映画人交流フォーラム等の富山誘致を実現したいものである。
"ジャパン街道"
具体的に魅力ある都市文化観光になりそうな芽は飛越・飛越能にも感じられる。周遊可能な新潟、長野、岐阜、石川に隣接し、ともに立山・黒部を中心とした北アルプスを背に、ノーベル賞受賞者をはじめ、世界全国レベルの産業、スポーツ、文化人ら魅力的な人材輩出、豊穣な自然環境、いにしえの歴史ロマンに恵まれ、ものづくりも盛んで、グッズ、フード、イベント、ホスピタリティーの四点セットがそろう。
高山市と富山市を結ぶ飛越、高岡市とを結ぶ飛越能は、富山空港と新幹線駅を高速ゲートウェイとして活用できる優位性を持ち、スローライフ体験のハブ観光、ハブ文化圏としても可能性がある。両街道は日本の真ん中を通り、太平洋と日本海を結ぶ。勝手ながら「ジャパン街道」と称しても良いのではないか。
また、環日本海交流に的を絞れば、二、三国にまたがるルート(歴史文化的交流を背景とした観光商品)開発と観光客誘致が考えられる。日中韓の共同プロモートで二週間以上の長期観光や、日中韓の文化の違いを知らない欧米からの誘客も可能だ。日本一国だけでは得られない多様性やコスト面の競争力を持つことになる。同時にアジアの平和に貢献できる国際観光連携モデルとなる。「どう生かす新幹線」はすなわち文化ハブシティづくりにかかっていると思うのである。
以上